星の降る日
「今週末のあれ。どこでみるのか考えてみた?」
不意に後ろの席から声をかけてきたのは同じ学科のノブだった。
「だから蔵王の山の上がいいってば」
突然の質問に口をこもらせているわたしをさしおいて、横で聞いていたカズが当然でしょうといわんばかりの口調で答えた。寒いところが苦手なわたしは山の上なんてとんでもないと思いながら余計に言葉を詰まらせていると、このカズの言葉を皮切りに「学校のグラウンドがいい」とか「せめて千歳山にしよう」とユキオやユウジも口々に自分の希望を言い始めたために、それまで静かに講義が進められていた講堂の中が一気ににぎやかになってしまった。
「じゃあ今日はこれまで。来週水曜日の17:00までにレポートを提出すること。提出する場所は...」
度重なる休講の遅れを取り戻そうとしたのか予定よりも20分以上長引いていた講義も講師のその声を合図にやっと終わりを告げることになった。講義が打ち切られたのはわたしたちがうるさくし出したのも原因ではないかと思うと少々申し訳ない気持ちになったが、元々終了時間をオーバーしていたのだからと思うとその後ろめたい気持ちもあっという間に雲散してしまった。そして金曜最後の講義が終わったことでどことなく緩い空気がただよい始めた狭い講義室の中で、わたしとノブとカズ、そしてユキオとユウジはイスを持ち寄って向かい合わせで座り、先ほどの話を続けた。
しし座流星群。
今週末に極大を迎えるというこの流星群は、一介の星好きに過ぎないわたしたちにとってもとても大きな出来事だった。流星群というのは極めてめずらしい出来事だと思われがちだけど、実は年に数回はおきているくらい日常的なものであることはあまり知られていない。それでも1時間に100個以上の規模の流星群となるとさすがにそうそうあることではなく、わたしたちも半年以上も前からこの流星群を楽しみにしていたのだった。
「流星群を見る時はみんなで集ろうよ」
そもそものきっかけはわたしの何気ない一言だった。
その日は、カズがめずらしくNintendo64の007がやりたいと言い出したために唯一64を持っていたわたしの部屋に皆が集まっていた。007の対戦は楽しかったのだが、集まったのが5人だったために毎回誰か一人は必ずゲームに参加できなかった。そしてその時あぶれてしまったわたしはとても暇だったので、不意に思い出した"しし座流星群"の話題を皆に振ってみたのである。
ゲームに熱中していたメンバーは当然誰もわたしの呼びかけには応えてくれなかった。無視されて腹が立ったわたしはえいと64の電源を切ってやったのだが、その結果は当然わたしは皆にものすごく怒られることになった。特に念願のロケットランチャーを手にして喜び勇んでいたユキオの怒りはなかなか収まらず、わたしのことをひどく罵ってきた。そんな彼の気持ちはとてもよく分かるけれど、でも声に出して謝ると無視されたことを許してしまうようで悔しかったので心の中で何度も何度も謝った。
逆にそのユキオにロケットランチャーで追いかけられ続けていて、どちらかというとわたしの行為によって助けられたはずのカズもなぜか怒っていた。こちらはなぜそんなに怒るのか分からなかったのでまったく謝る気にならなかった。
気付いたら皆に1回ずつくらい殴られて2回お尻を蹴られていた。とても痛かったし叩くのはやり過ぎではないかと抗議しようとも思ったのだが、ひとまず気を取り直してもう一度同じ話題を振ってみた。
「来月の流星群はみんなで集まって見に行こうよ」
カズに蹴られたお尻をさすりながらそう言うと、とりあえず話をするのはちゃんと謝ってからだと言われたのでごめんなさいという言葉と共に頭を下げ、そして話を続けた。
最近こうやってみんなで集まって遊んだり勉強したりして毎日が安定して充実しているけれど、あまりに刺激がなくて物足りないんだ。それでいろいろと考えたんだけど、来月のしし座流星群をものすごくいい場所で見れたらとても楽しくていい刺激を受けるんじゃないかと思ったんだ、どうかな、というような内容のことをわたしは熱く皆に呼びかけてみた。わたしはこんなに熱い気持ちなんだぞと見せつけてやろうと思ったし、64の電源を切ったのはけして生半可な覚悟ではなかったのだというところを見せつけたかった。
その威勢のよさが幸いしたのか「流星群いいね」とノブが言い出した。そしてそれに続くように、ユウジが「流星群を見に山に登るか」と言い出したことをきっかけにじゃあどこで見ようとかアルバイトの休みを申請しておかないと、など、ゲームに熱中していたのと同じくらいに一気に盛り上がった。こいつらは単純でノリのいい奴ばかりだなととても満足したけれど、でもふとカズがお尻を蹴ったことがものすごく許せなくなったのでとりあえず蹴り返しておいた。こういう自分の大人げのないところが本当に嫌だ。
結局、流星群をみんな集まって見ようという話は決まったけれど、ではどこで見るのかというのがなかなか決まらかった。
わたしは近くの小学校や大学のグラウンドでいいと言い、ノブもユキオもユウジもそれでいいと言ったのだが、カズだけは蔵王がいいと言って譲らなかった。どうしても山の上で見たいのだという。
それから数時間、みんなで意見を出し合ってみたけれど、結局遠出は嫌だという意見と蔵王じゃないと嫌だという意見が真っ向から対立してしまい、その日はどうするのかが決まらないままお開きとなった。
あれから10日ほど経ったのだが、いまだにどこで見るのかということは決まっていなかった。
流星群をみるのはもう明日なのだ。いい加減決めないといけないし、カズ以外は近くでいいという意見でまとまっていたけれど相変わらずカズだけは蔵王じゃないと嫌だといって譲らなかった。
「蔵王の上まで行っても雲がかかったら見えないし、天候が悪かったら大変なことになるよ。
それに比べてグラウンドだったら寝転がって見られるし、雨が降ったらすぐに雨宿りしたり家にも帰れるんだよ。」
わたしは遠出せずに近くで見ることのメリットを思いつく限り挙げ、一生懸命に遠出をせずに済むようにカズを説得しようと試みた。
だが、彼は「ものすごい数の星が降るのが見られるのにできるかぎり空の近くに行ってみたいと思わないなんておかしいよ。天気が悪くて見れなかったらそれはそれでしょうがないけど、行こうともしないで諦めるのは絶対に嫌だ」と決して譲ろうとはせず、逆にものすごい勢いで言い返された。
そんなやり取りを繰り返しているうちに、当初は遠出なんて...と思っていたわたしも、普段はあまり自分の意見を主張しないカズががあまりに毅然とした態度で意見を言うものだから今回は彼の言うとおりにしてもいいかなと思い始めた。そして何より「出来るだけ星に近づいて流れ星をみたいんだ」という彼の意見には一理あるとも感じたわたしは蔵王で見ることに同意を示しはじめた。
対立していたわたしとカズが合意に傾きかけたことで話は一気に動き出した。さらにその後の話し合いで、ノブとユウジが車を出すことになり、それ以外の3人は事前に食べ物や飲み物、あとはホッカイロなどの雑多なものを買出しに行こうということが決まって講義室を後にした時には既に日も落ちて外はまっくらになっていた。
薄暗い空にはもう星が見え始めていた。冬の訪れを感じさせるピンと張り詰めた寒さに震えていたら、ここよりも寒いであろう蔵王の山の上で一晩過ごすことが不安が再び頭をもたげてきたが、それも5人で騒いでいるうちにどうでもよくなっていた。
7さいのぼくとかれ
ぼく(7さい)
かれ(7さい)
じぶんの居場所
女子高生をフォローしてみよう。
それはけっしてよこしま気持ちでわきあがってきたかんがえではなく、純粋に10代の女の子が一体どういうことをつぶやくのか興味があっただけだ。信じてほしい。そしてきみなら信じてくれるだろうから話を先に進めるが、とにかくわたしは女子高生をいっしょうけんめいに探した。でも探す必要なんてなかった。
わたしをフォローしている人の中に、ひとりの女子高生がいたんだ。
彼女はその年の春から高校生になったばかりだった。
当時は梅雨になろうという時期だったので、彼女が高校に入学してから2ヶ月近い時間が経っていたはずなんだけど、彼女はあまり高校での話をツイートしなかった。クラスのことも部活のこともなにもツイートしない代わりに、彼女はいつも中学時代の友だちとの楽しかったことばかりをつぶやいていた。
「去年のいまごろは....」
「卒業したときは...」
彼女の言葉はいつも昔のことばかりを語った。
そのせいで彼女のいまはまったくわからないままだったけど、中学時代のことはいろいろと知ることができた。高校のことはわからないが、中学はたのしかったようだ。
それからも変わらない毎日が続いた。
そして彼女の高校は夏休みにはいった。
夏休みはとおくに友だちと泊りがけのアルバイトに行くと言っていた彼女は、ある日をさかいにぷっつりとツイートがなくなった。
その頃にはあまりにかわりばえのしない状況に飽きており、すでに興味の大半をうしなっていたわたしは、不在の日々が数日続いただけであっという間に彼女のことは忘れてしまった。彼女の不在で生まれた隙間は、まるで最初からなにもなかったかのようにあっという間に別の興味あるもので上書きされた。
うだるような暑さと無くならない仕事しか記憶にない夏も終わり、そして秋になった。
いそがしかった日々からやっと解放されたわたしは、平日に休みをとって家でだらだらとすごしていた。音楽を聴きながらtwitterをひらくと、そこに見慣れないアイコンとみおぼえのあるIDが表示されていた。夏休み以来、みかけなくなっていた彼女だった。
アイコンは彼女の顔写真になっていた。
写真が小さすぎてかわいいのかどうかはわからなかったけど、前のアイコンでつかっていた海と青空だけをうつしたまぶしいくらいに青い写真がすごく好きだったのでとても残念だった。
おどろいたのはアイコンがかわったことだけではなかった。
彼女は学校をやめてはたらいていた。夏休みが明けてすぐにやめたらしかった。
夏休みにアルバイトをしたことが関係しているらしかったけど、くわしい理由はわからなかったし、知りたいとも思わなかった。
仕事はアパレル関係とだけ書かれていた。
でも仕事のことはツイートせずに、いつも夏休みの楽しかったアルバイトのことばかりをつぶやいていた。海の家に住み込みのアルバイトをしたらしく、そのときのことを何度も何度もたのしそうにつぶやいていた。
そこでようやく気づいた。
彼女はいつもいまではなく過去のことばかりをつぶやいていることに。
いまではなく、もうもどれない過去のことばかりを彼女は口にしていることに。
彼女にとって、いまいるその場所は「じぶんの居場所」 じゃないのかも知れないと思う。
「美化された過去だけが彼女にとっての居場所なんじゃないか」
「過去を振り返りそこに自分の理想を投影してその思い出の中に生きているんじゃないか」
そんなことを考えながら、なにも知らない他人のことをそこまで決めつけてしまっている自分におもわずわらってしまった。
声にだしてわらいながら、そっと彼女をフォローからはずした。